東京らしい景観

今鳴るは 芝か 上野か 浅草か

これは、江戸時代の川柳である。

  • 芝は、 増上寺(ぞうじょうじ)
  • 上野は、寛永寺(かんえいじ)
  • 浅草は、浅草寺(せんそうじ)

江戸は、当時、100万人が住んだという。平屋が所狭しと並ぶ人口過密都市。そんな賑やかな街中で、この3つの寺の鐘が聞こえたのだろう。

さて、増上寺である。増上寺の背後を、近代的な建造物東京タワーが、まるで伽藍配置かのようにそびえている。実は、東京タワーの敷地は増上寺が提供した。そのため、このような「東京らしい景観」が出現したのだ。寺院と電波塔が共存するインパクトよ。

増上寺

増上寺は徳川家の菩提寺

増上寺は徳川家の菩提寺

増上寺は、徳川家の菩提寺である。代々の将軍を弔っている。つまり徳川家の庇護を受けた寺ということだ。上野の寛永寺も同じく菩提寺である。

上野の寛永寺は、今は小さい。だが、上野公園のあの広大な敷地は、もともと寛永寺のものだった。戊辰戦争中の上野戦争にて、焼け野原になってしまった。西郷どんの像が上野にある所以だ。

⇒ 上野戦争についての記事はこちら

徳川家歴代将軍の墓所

徳川家の歴代将軍の墓所は、このようになっている。

久能山東照宮
  • 徳川 家康(1代)久能山東照宮に霊廟がある(家康はこの地を好んだ)
日光東照宮
  • 徳川 家康(1代)没後一年、久能山から分祀(ぶんし)
  • 徳川 家光(3代)家康を敬愛
増上寺
  • 徳川 秀忠(2代)関ヶ原の合戦に遅刻
  • 徳川 家宣(6代)
  • 徳川 家継(7代)
  • 徳川 家重(9代)
  • 徳川 家慶(12代)
  • 徳川 家茂(14代)
寛永寺
  • 徳川 家綱(4代)
  • 徳川 綱吉(5代)「生類憐みの令」
  • 徳川 吉宗(8代)「目安箱」「享保の改革」
  • 徳川 家治(10代)
  • 徳川 家斉(11代)
  • 徳川 家定(13代)正室は篤姫
谷中霊園
  • 徳川 慶喜(15代)
以前、この増上寺の墓所を参拝見学した際、ガイドの方に質問した。「なぜ、慶喜だけ谷中霊園なのか?」「おそらく明治政府に遠慮して、そのようにしたのだろう」という回答だった。

「大政奉還」を行い、ひたすら恭順な姿勢をとった慶喜。自ら静かに歴史に埋没してしまったかのようだ。彼は、谷中霊園のなかで、多くの墓石に囲まれるようにして眠っている。

⇒ 徳川慶喜についてはこちら

なお、浅草寺は、徳川家の祈祷寺。

注)増上寺では霊廟は公開されている。寛永寺は、団体申し込みのみ入ることができる。(通常は参拝はできない)久能山東照宮も公開している。谷中霊園の慶喜公墓所は、柵で囲まれているが、見ることはできる。

浜松町の観光スポット

東京タワー

浜松町は、ビジネス街のイメージがある。しかしながら、観光スポットも多い。日の出桟橋から、お台場や浅草へも行ける。

⇒ 浅草へ船で行く記事はこちら

P.S.

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