注)説明は下の記事にもあるが、「字幕ON」で動画内表示もできる。

はじめに

弘安5年(1282年)10月13日

日蓮聖人が亡くなると、

庭先の桜が時ならぬ花を咲かせた。

池上本門寺 お会式 万灯練供養

池上本門寺 お会式 万灯練供養

東京都にある池上本門寺のお会式(おえしき)。お会式の期間3日間で30万人が訪れる。特に12日の万灯練供養は盛大だ。お会式は日蓮聖人の供養なので、「お祭り」という言い方はしないようだ*。それにしても、賑やかである。

このお会式には、ちょっと変わったものが登場する。宝塔を造花で装飾した万灯(まんどう)、纏(まとい)、うちわ太鼓などだ。馴染みのない人は、不思議に感じるかもしれない。

特に私は日蓮宗ではないが、もう何度も行っている。お会式と池上本門寺について、簡単に説明してみたい。

注*)おそらく日蓮宗では「お祭り」とは言わないのだろう。#004の記事で書いたが、「お祭り」には広義では「供養」の意味合いが入っているように感じる。「お祀り」という言葉もある。ぱっと見、お祭りのように見えるので、一般の人がお祭りと言ってしまってもおかしくなはい、と私は考える。

お会式キーワード

お会式(おえしき)

日蓮聖人の命日10月13日に合わせて行われる法要。池上本門寺は、日蓮聖人のご入滅された地であり、日蓮宗の大本山。そのため、特に盛大である。お会式は、11~13日の3日間、さまざまな法要が執り行われる。なかでも、12日の万灯練供養は信者のみならず多くの人が訪れる。

なお、お会式は宗主などの法要なので、浄土宗など他宗でも行われる。

注)僧に対する敬称として、上人と聖人(どちらも「しょうにん」)がある。上人はある程度広く僧に対して使う。聖人は、高僧のなかでも格別な存在に対して使う場合があるという。特に日蓮宗では「日蓮聖人」の表記のようだ。

講中(こうじゅう)

講中(こうじゅう)

日蓮宗の信仰者のグループ。太鼓、笛、鉦(かね)など鳴り物でにぎやかに練り歩き、参詣する。まといが先導し、万灯が後に続く。

万灯(まんどう)

万灯(まんどう)

日蓮聖人が入滅されたとき、庭先の桜が咲いた故事に由来する。 五重塔を模した万灯を紙の造花で飾っている。

此経難持坂(しきょうなんじざか)

此経難持坂(しきょうなんじざか)

此経難持坂(しきょうなんじざか):加藤清正による築造寄進。清正は築城の名手で、日蓮宗信者。石段は96段。名には「法華経の教えに従うのは難しい」の意味がある。

仁王門

仁王門

空襲で焼け、1977年に再建。三門(山門)、三解脱門である。 仁王像は、1979年に新たにつくられた。

大堂

大堂

空襲で焼け、1964年に再建。天井画は、日本画家 川端龍子による。 制作半ばで亡くなったため、未完である。奥村土牛が眼を点じた。

経蔵

経蔵

焼失後、1784年に再建。江戸中期の堂々たる経蔵である。 経蔵とは、文字通りお経や仏典を収める蔵である。

本殿

本殿

こちらが本殿である。大堂で参拝後、帰ってしまう方も多いが、 こちらも参詣できる。本殿には、仏像や仁王像がある。

仁王像

仁王像

文化勲章受章作家 圓鍔勝三による仁王像。モデルはアントニオ猪木。 池上本門寺の墓所では、師 力道山が眠る。

日蓮聖人御廟所

日蓮聖人御廟所

日蓮聖人の御灰骨を奉安する。 廟内に墓塔があり、普段、扉は閉められている。

大坊本行寺

大坊本行寺

鎌倉時代の奉行 池上宗仲は日蓮聖人に帰依。池上本門寺の寺領は、 池上公が寄進した。聖人が宿泊した館を寺としたのが、大坊本行寺。

多宝塔

多宝塔

日蓮聖人は、ここで荼毘にふされた。1828年に再建。 日本で唯一の野外の木造多宝塔である。国の重要文化財。

屋台

屋台

参道だけではなく、住宅街の道まで屋台が並ぶ。その数、1000。 なお、参詣者は、お会式の3日間で30万人。

長栄堂

長栄堂

守護神「長栄大威徳天」を奉安。1959年に再建。 寺と神社が一緒にあるのは、元来、珍しいことではない。

南無妙法蓮華経

南妙法蓮華経

日蓮宗のお題目。意味は「私は法華経に帰依します」。日蓮宗では、法華経を最も尊いお経としている。特徴的な筆致が目をひく。

五重塔

五重塔

1607年、建立。桃山期の五重塔としては、国内唯一である。 多宝塔、経蔵とともに空襲もまぬかれた。国の重要文化財。

纏(まとい)

纏(まとい)

江戸時代、日蓮宗信者の練供養に、鳶(とび)職人が纏を振って参加したのが始まり。鳶職人は火消し衆を兼ね、粋(いき)である。

お参りのポイント

お参りのポイント

お会式万灯練供養は、大変な混雑だ。万灯練供養は、18時頃から深夜0時頃まである。夜の時間帯(特に19~21時頃)は、東急池上線 池上駅から池上本門寺まで、人でごった返す。ただ、万灯練供養を全く見ることができないということはない。

驚くほどの数の屋台があるので、お腹の方の心配はしなくてもいい。駅周辺には飲食店もある。

注)仮設トイレも用意されるが行列している。お寺のトイレも小さい。あらかじめ気にしておくといい。

此経難持坂は、夜は混雑したまま登らなければならない。96段の凸凹とした石段なので、足元はそれほどよくない。境内は混雑はしているが、身動きが取れないほどではない。お参りもしっかりとできる。

人の流れに乗って、大堂でお参りを済ませると、もう境内には戻れない。これには注意が必要だ。警察官が厳密に整理を行っている。大堂から出たところで、「戻れない」こともあり、そのまま帰ってしまう人も多い。

大堂の奥に、本殿や日蓮聖人御廟所、多宝堂もある。そちらにもお参りするのもいい。この日、扉は開いている。静かな雰囲気が万灯練供養の賑やかさと対照をなす。きっと、お会式がより印象深いものになるはずだ。

おわりに

我れ日本の 柱 とならむ

我れ日本の眼目とならむ

我れ日本の大船とならむ

この言葉には、日本を見つめる視点がある。日本の人々のために、自らを投げ打つという姿勢がある。

信者は太鼓を打ち、聖人を供養する。僧は合掌し、参詣者を迎える。かつてまといを振った江戸の火消し衆に代わり、警察官が安全かつ速やかに人々を導く。街には千の屋台が連なっている。

実に多くの人が、池上に集う。

日蓮聖人の入滅から、730年余りが過ぎた。これが今もって盛大に執り行われている、お会式である。

池上本門寺 お会式

P.S.

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