大國魂神社

東京都府中市に大國魂神社(おおくにたまじんじゃ)がある。「大國魂大神を武蔵国の守り神としてお祀りした神社」と公式サイトに書かれている。この大神は、出雲大社の大国主神(おおくにぬしのかみ)と御同神ということだ。大国主神は、大物主神(おおものぬしのかみ)をはじめ他の神に姿を変えるようだ。

簡単に言えば、こういうことだ。もともと日本(中心はおそらく西日本)を治めていた大国主神である大國魂大神が、関東を開いた。その大國魂大神を祀っているのが、府中にある大國魂神社である。

この神社の起源は、なんと西暦111年だという。府中の近く、同じ多摩地区に国分寺(国家鎮護のための寺)があるが、奈良時代の国分寺よりも前にここにあったことになる。

大國魂神社は、武蔵国の六つの宮の神も祀っている。

  • 一ノ宮 小野神社(多摩)天ノ下春命
  • 二ノ宮 二宮神社(あきる野)国常立尊
  • 三ノ宮 氷川神社(埼玉県)須佐之男命・稲田姫命・大己貴命
  • 四ノ宮 秩父神社(埼玉県)八意思金命・知知夫彦命・天之御中主神
  • 五ノ宮 金鑚神社(かねさな・埼玉県)天照大神・素盞嗚命・大和武尊
  • 六ノ宮 杉山神社(神奈川県)五十猛命・大日孁貴命・素戔鳴尊

例大祭 くらやみ祭り

大國魂神社の例大祭といえば、くらやみ祭り。ちょうどゴールデンウィークの頃、数日に渡って執り行なわれる。クライマックスは、夜の神輿渡御。

『燃えよ剣』 司馬遼太郎

司馬遼太郎の代表作のひとつ。主人公は、新選組副長 土方歳三。物語の序盤に、くらやみ祭りでのエピソードがある。

秋季祭 くり祭り

この大國魂神社の秋季祭が、別名くり祭り。毎年9月27、28日にある。武蔵野では、上質な栗がとれることからくり祭りと呼ばれるようになったそうだ。徳川家にも献上された。境内の露店で栗が売られているが、あまり大々的に栗をアピールしている感じはない。全然関係ないが、横浜の中華街の方が栗アピール(天津甘栗)はすごい。

くり祭りには、3つの見どころがある。

1. 山車

くり祭りの山車

お囃子は「府中囃子」というらしい。必ずしも子どもというわけではないようだ。しかし、ほとんどは子どもたちが慣れた様子でお囃子を奏でている。山車(だし)には小さな舞台が設えてあり、手前で面をつけた子どもが踊る。くらやみ祭りでもこの山車が登場するが、くり祭りの方がじっくりと楽しめる。

2. 行灯

くり祭りの献灯

森閑とした闇に浮かび上がる行灯(あんどん)。秋らしい鈴虫の音が聞こえる。厳かな雰囲気に包まれ、参道での山車のコミカルな雰囲気と対照をなしている。

参考)鎌倉 鶴岡八幡宮 ぼんぼり祭

鎌倉 鶴岡八幡宮の「ぼんぼり祭」もこのようなお祭りだ。8月にある。こちらは、著名人の書画もあり、約400点が掲出される。(くり祭りは約260点)

3. 神楽

くり祭りの神楽

舞台の両脇で薪(たきぎ)が燃えている。もちろん、神楽はその舞や雅楽を神様へ捧げている。

そして、こちらも。食欲の秋である。

屋台

くり祭りの屋台

境内には、たくさんの屋台が並んでいる。私は、数人の行列を作っていた広島風お好み焼きをチョイス。鉄板で熱せられた出来立てホヤホヤのお好み焼き。とろとろの半熟卵とハムがのり、こってりとしたマヨネーズソースが舌に絡みつく。やたらにうまい。シャッキリとしたキャベツの食感もよかった。

時分の花

先づ、童形(どうぎょう)なれば、何としたるも幽玄なり。

『風姿花伝』は、室町時代に世阿弥(1363〜1443)によって書かれた能の奥義書。そう奥義書なのだ。本来は、一般人が読めるものではなく、正統に芸を継承する人にのみ読まれるべきものだ。ところが、それが20世紀に入り本になった。現在では、広く読まれている古典である。たとえ読んだことがなくても、この本にある「初心忘るべからず」「秘すれば花なり」などは、誰しも聞いたことがあるだろう。

『風姿花伝』には、「時分の花」という言葉がでてくる。幼い子どもの時分には、花がある。それだけで、美しいというような意味だ。歌舞伎などの舞台でも、子役が出てくるだけで、ぐっと引き込まれる。

時分の花

くり祭りの山車は、子どもの独壇場である。もうたまらなく愛らしい。お囃子に合わせて、お面をつけた子どもが踊るのだ。お面は、おかめやひょっとこである。大人の形相なのに、体が子ども。なんとも不可思議でユーモラスだ。

時分の花

とくに女の子は、なよやかである。いわば、人形浄瑠璃のような艶(なまめ)かしさがある。

川越まつりと秩父夜祭

くり祭りとは、どんなお祭りか。他のお祭りから探ってみたい。

大國魂神社は、六つの宮の総社だ。六つの宮の神社すべてには行ったことはない。だが、三ノ宮氷川神社、四ノ宮秩父神社には行ったことがある。

ところで、埼玉の川越まつりはよく知られている。三ノ宮の氷川神社(大宮)ではないが、近くの川越の氷川神社の例大祭が、川越まつりである。

四ノ宮秩父神社の祭りは盛大だ。日本三大曳山祭に数えられている。秩父夜祭

  • 京都 祇園祭
  • 飛騨 高山祭
  • 秩父夜祭

川越まつりも秩父夜祭も、山車(屋台)が大きな特徴だ。

今では張りぼてなどの行列になっているが、江戸三大祭神田祭山王祭もかつてはこのような山車が出たという。川越は——地図を見れば一目瞭然だが——荒川により江戸と往来が盛んであった。だから江戸の文化が色濃くこの地に残された。川越は「小江戸」と呼ばれている。

注)江戸三大祭のあとひとつは、「水かけ祭り」として有名な富岡八幡宮の深川祭

川越まつり

川越の山車には、カラクリがある。屋台のテッペンから、人形が迫り上がって登場する。高さもかなりのものだ。中段には、くり祭りのような小さな舞台が設えてある。同じようにお面をつけた踊り手がいるが、大人である。

秩父夜祭

秩父の屋台は巨大である。巨大すぎて、そのままでは道を曲がれない。片輪を浮かし、方向転換する。それもまた、見ものである。秩父のたくさんの提灯をぶら下げた屋台は、移動そのものが見世物なのだ。祭りの冬空には花火が上がる。

川越まつりや秩父夜祭にみられる山車の伝統文化が、大國魂神社のくり祭りにもみられる。かつての江戸の神田祭や山王祭ではみられなくなった山車が、これらの祭りで受け継がれているということだ。

注)都心部で山車がなくなってしまう理由は、都市化であろう。電柱、電線は山車運行の障害となる。また地価の高い都心では、大きく繊細な山車を保管するにも苦労しそうだ。川越、秩父、府中は関東の郊外である。

まことの花

時分の花

くり祭りで踊る、府中の「素晴らしき子供たち」。全国的に見れば、稀有な体験をしている。日本の伝統文化にその身を浸して育つのだから。

『風姿花伝』には、「時分の花」に加えて、もうひとつの花がある。「まことの花」だ。「時分の花」は、若い時期であれば、誰しも備わったものである。「まことの花」は、いわば「培われた実力」である。

もし、花が「時分の花」だけであれば、その時期が過ぎれば散るのみである。しかし、花はひとつではない。

そして、必ずしも踊りということに限らない。子どもたちは、きっとこれからおのおの「まことの花」を咲かせる。花は、時と場所をかえても、何度でも咲く。

まことの花

舞台に上がった子どもは、握手を求められる。自分が、その夜、確かに「花」であったと知っていることは、生きていく上で心強い自信となるだろう。

P.S.

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