原美術館

原美術館

もともと、原美術館の建物は、実業家 原邦造氏の邸宅。

注)原邦造:東京ガス会長、日本航空会長、帝都高速度交通営団(営団地下鉄)総裁などを歴任

原美術館

モダンな白い建築は、渡辺仁の設計。

注)渡辺仁(ひとし):東京国立博物館 本館、銀座 和光の設計で知られる

原美術館

原美術館は、1979年、現代アートの美術館として開館。1988年には、群馬の伊香保温泉に、別館のハラミュージアムアークもオープン。

東京都内でも、雰囲気のよい「おしゃれな美術館」として、存在感があった。

2020年12月、この原美術館が閉館するという。

森村泰昌 エゴオブスクラ東京2020
さまよえるニッポンの私

森村泰昌 エゴオブスクラ東京2020 さまよえるニッポンの私

森村泰昌:エゴオブスクラ東京2020−さまよえるニッポンの私


期間:2020年1月25日(土)~4月12日(日)

森村泰昌(もりむら やすまさ)

1985年ゴッホの自画像に扮するセルフポートレイト写真を発表。以後「自画像的作品」をテーマに制作を続ける。2014年ヨコハマトリエンナーレ2014のアーティスティックディレクターを務める。2018年大阪北加賀屋に「モリムラ@ミュージアム」を開館。「森村泰昌:自画像の美術史—「私」と「わたし」が出会うとき」(国立国際美術館 2016年)、「Yasumasa Morimura. The history of the self-portrait」(国立プーシキン美術館/モスクワ 2017年)、「Yasumasa Morimura: Ego Obscura」(ジャパン・ソサエティー/ニューヨーク 2018年)など国内外で個展を開催。近著『自画像のゆくえ』(光文社新書)など著作多数。2011年、紫綬褒章を受章。

注)企画展の1階展示のみ撮影可。

森村泰昌 エゴオブスクラ東京2020 さまよえるニッポンの私

エゴオブスクラ、エゴ、オブスクラ、オブスクラ……。ああ、カメラオブスクラか。

オブスクラは「暗室」を意味するラテン語。カメラオブスクラは、ピンホールで画像を映し出す暗い部屋。暗い部屋の壁の小さな穴から光を通すことで、暗室内に外の景色の画像が投射される。ダ・ヴィンチやフェルメールも使ったという。

もちろん、今のカメラの元になった。

注)カメラオブスクラは、正確な景色が写し出される。ルネッサンス以降、画家が絵を描くのに用いた。

原美術館作成の展覧会作品リストによると、また違った説明がある。

森村は耳慣れない言葉「エゴオブスクラ(Ego Obscura)」に「闇に包まれた曖昧な自我」という意味を込めました。

さて、森村泰昌のいう「エゴオブスクラ」とは、どのようなものなのだろうか?

森村泰昌 エゴオブスクラ東京2020 さまよえるニッポンの私

会場では、写真の作品展示の他に、森村自身が出演する映像作品を観ることができる。(受付で整理券配布)

森村泰昌 エゴオブスクラ東京2020 さまよえるニッポンの私

※ 以下、ネタバレ含む。

戦後の日本史に出てくる有名な写真がある。「マッカーサー元帥と昭和天皇」の「ツーショット写真」だ。(会見時の写真)

森村は自身のエゴを追い求める中で、体格も大きく堂々したマッカーサーを父、ぼんやりと直立する小さな昭和天皇を母であるとする独創的な解釈を、映像で語っている。戦後日本に強い影響を与えるアメリカ(文化)を父、それに付き従う日本(文化)が母だ。自らのエゴをはっきりと自覚できなかった森村少年にとって、「二人」が多大の影響を及ぼす「両親」だった。

もう一組の男女がある。日本の昭和を代表する文豪であり、楯の会を結成し自衛隊駐屯地で自刃を遂げた三島由紀夫。そして、アメリカのハリウッド女優であり、セックスシンボルとしての人気と不安を抱え、謎の残る最期を遂げたマリリン・モンロー。20世紀、日米の象徴的な男と女。森村はそう言う。

学園闘争が激しさを増す1969年、世間から右翼と目されていた三島は、東大駒場の講堂(900番教室)に単身乗り込む。学生との討論会だ。この様子は書籍でも読めるし、映像も残っている。全くもって「男らしい」。いわば、大学講堂内全員敵(約一千人)。しかも、血気にはやる左翼の若者たちである。三島はここで学生たちと論戦を繰り広げる。まさに「男一匹」である。

森村泰昌は、これをひっくり返した。1995年マリリン・モンローに扮した森村泰昌は、三島由紀夫が「男一匹」乗り込んだ駒場講堂へ登場。「女一匹」。その様子の映像、そしてスカートを翻したポートレートを残した。その時、学生はどのような反応だったのか。『駒場のマリリン(習作)』という写真作品が展示されている。一人一人の学生の表情がおもしろい。

映像内で森村は、三島とマリリンに向けて、その思いを語っている。短いながら印象的だった。悲劇を生きた男と女。森村は彼らの外面に扮することで、彼らの内面に肉薄していく。だから、それは「叫び」となるのだろう。

森村泰昌 エゴオブスクラ東京2020 さまよえるニッポンの私

普段、絵画のような写真(外面)で、森村作品に接する。今回、映像(会期中にはパフォーマンスも)があることで、彼の創作意図(内面)からの理解につながった。

アトリエで作った作品を、そっと美術館に置いておく。そうではなくて、森村泰昌の「カメラオブスクラ(創作のからくり)」まで観せてしまう。そんな展覧会だ。

「エゴオブスクラ(闇に包まれた曖昧な自我)」は、暗室の外に広がる世界の光によって投射される。

さよなら 原美術館 2020年閉館

原美術館

1979年に開館した原美術館は、2020年12月をもって閉館するそうだ。老朽化などの理由で、美術館を継続してゆくのが困難だという。コレクションは、別館のハラミュージアムアークの方へ移管される。建物自体はどうなるか、現時点ではわからない。

建物含め、印象的な美術館だっただけに、閉館は寂しい。

原美術館

歳月が電話をアートにする。

原美術館

「原」と「美術館」のあいだの全角スペース。

原美術館

さよなら、原美術館。

原美術館