ワンダーランド 上野

上野はワンダーランドだ。ワンダーランドとは、「不思議な国」「素晴らしい所」といった意味。上野にいて、退屈することはない。とにかく見所がたくさんある。では、見ていこう。

JR上野駅中央改札 猪熊弦一郎の壁画『自由』

JR上野駅中央改札 猪熊弦一郎の壁画「自由」

こうしてあらためて見ると、ちょっと色あせてしまっているようだ。師のアンリ・マティスを思わせるような人物表現で、親しみやすい。私はこの壁画が好きである。優しい感じがする。

猪熊弦一郎は、洋画家として活躍した。猫好きとしても知られ、猫の作品も人気があるだろうか。上野駅の壁画は1951年制作。映画『ALWAYS 三丁目の夕日』(舞台は昭和33年/1958年)にも、駅舎の外観とともに映っている。

JR上野駅パンダ橋口前 パンダ

JR上野駅パンダ橋口前 パンダ

駅から改札を出たところにこのパンダがある。たっぷりとした量感を感じる。大きい。子供が生まれて、手前に抱きかかえているのだろう。

アメ横(アメヤ横丁)と上中

アメ横(アメヤ横丁)と上中

アメヤ横丁は、終戦後から上野の線路脇にある。当時は、飴屋が多かったそうである。今でも店先で、ピーナッツやチョコレート菓子をどんどん重ねていって、「はい、これで千円」と気前よく売っている。食料品店が多い。

何となく「アメ横」でこの辺りの店を一まとまりでイメージする。でも、右側の道は上野中通り商店街で、愛称は「上中(うえちゅん)」。飲食店が多い。上野駅から、アメ横を抜けて、隣の御徒町駅へ向かって歩き、上中を通って引き返してくるのがいいかもしれない。

アメ横から線路を挟んだ向こう側の道も店が多い。とにかくこの辺一帯は、活気がある。上野のエネルギーを感じる。

西郷隆盛像

西郷隆盛像

パンダと並んで、上野のシンボルになっている。西郷隆盛像。今年は、NHK大河ドラマ『西郷どん』の影響で訪れる人が多いのかもしれない。西郷隆盛像が上野にある理由は、上野戦争での活躍である。

「薩摩を皆殺しになさるおつもりか」

西郷隆盛は、作戦を統括する長州藩大村益次郎に迫る。徳川幕府のお膝元の江戸で、将軍様 徳川慶喜の鳥羽・伏見の戦い以降の処分を不服とし、旧幕臣が蜂起した。ここ上野は、寛永寺の広大な敷地がある。寛永寺は、芝の増上寺と並び歴代の徳川家の菩提寺。佐幕の彰義隊(しょうぎたい)は、その数3000人。情勢によっては、江戸の士族達が大挙して集結する恐れもある。

その朝は、雨であった。西郷隆盛は薩摩隼人(はやと)たちを率いて、彰義隊の立てこもる寛永寺へ攻め込む。苛烈な戦いである。各藩の武士たちもその任を請け負うが、時勢に合わせての参加。戦意も戦歴もない。200年間太平の世を過ごした「サムライ」なのである。いわゆる「薩長土肥」だけが、意欲的なのだ。上野戦争の急先鋒に立ったのが、西郷隆盛率いる薩摩藩なのである。

新政府の官軍は、苦戦を強いられた。しかし、総司令官大村益次郎には秘策がある。それは、遅れて登場する。

上野は轟音とともに振動した。最新鋭の大砲が火を吹いたのだ。砲弾は次々に打ち込まれ、戦いはあっけなく幕をおろす。わずか1日で、上野は灰燼に帰したのであった。

上野恩賜公園 大道芸

上野恩賜公園 大道芸

上野恩賜公園は、桜の名所である。緑の豊かな細長い道のような公園である。この場所にぴったりな感じの大道芸人がいた。微動だもせず立ち尽くしているが、「おひねり」を箱に入れると見得を切ってくれる。動き始めると「あら、人形じゃなかったの」なんて声も囁かれる。

撮影をして思わず「どうも」と言うと、体を硬直させたままお辞儀をしてくれた。

清水観音堂

清水観音堂

歌川広重『名所江戸百景』に描かれている。松がくるんと円を描いている。清水寺の「舞台」にある。円を覗くと、ちょうど不忍池に浮かぶ弁天堂が見える。

不忍池辯天堂

不忍池辯天堂

はすが茂る不忍池の弁天堂。道で繋がってるので、歩いて行ける。ユニークな八角系の形も印象的。夜はライトアップされている。

寛永寺の山号は「東叡山」。東の叡山、つまり比叡山延暦寺にならっている。もうお気づきだろうが、清水観音堂は京都の清水寺だ。この弁天堂は、滋賀県琵琶湖の竹生島(ちくぶじま)を見立てている。かつては孤島のようになっており、舟で渡ったという。

不忍池

不忍池

ボートが楽しめる。不忍池は、周りがビルに囲まれた東京らしい景色である。

花園稲荷神社

花園稲荷神社

京都の伏見稲荷のように、朱の鳥居が並んでいる。外国人旅行者も多く訪れていた。

上野東照宮

上野東照宮

東照宮は、徳川家康を神として祀っている。金色に輝いている。入場料を払って、本殿を見ることもできる。石灯籠がたくさん並んでいるのも印象的だ。

上野動物園

上野動物園

もう日も傾きつつある。16時を過ぎていたので、入口は閉まっていた。パンダ、ゾウ、サル、シロクマ、フラミンゴなんかがいる。都心から一番近い動物園になる。

東京都立美術館

東京都立美術館

六本木に新美術館ができたので、幾分影が薄くなってしまったろうか。かつては「日展」や「二科展」など公募展などもここで開催されていた。(上野所縁の「院展」はまだ都美術館で開催されているようだ)大規模な団体の展示もできる都立美術館。コレクションを持っているような美術館とは、ちょっと役割が違う。

私も何度も訪れおり、個人的に思い入れのある美術館だ。煉瓦造りのせいだろうか。ここにいると、落ち着く。

東京都立美術館 球体のオブジェ

東京都立美術館 球体のオブジェ

これはよいパブリックアートの典型だろう。人の好奇心を刺激する。球体は鏡面になっており、世界は丸くゆがむ。カメラ女子も並んで記念撮影。球体には貫通した穴があり、女の子が覗いている。

作品:『my sky hole 85-2 光と影』井上武吉

スターバックスコーヒー 上野恩賜公園店

スターバックスコーヒー 上野恩賜公園店

平屋建てのスタバ。観光地のスタバは、お洒落だ。函館、太宰府天満宮などは印象に残っている。都内だと、二子玉川公園店も素敵だ。(なんとなく国立西洋美術館っぽい?)多摩川沿いの大きな階段で、夕日を眺めながらテイクアウトしたコーヒーが飲める。上野恩賜公園店は平屋で広々しているが、やはり休日だとレジに行列をつくっている。向かい側にも、別のカフェがある。

上野公園噴水からの東京国立博物館

上野公園噴水からの東京国立博物館

噴水の周りには、座って休める。花のプランターも置かれて、だいぶキレイになっている。東京国立博物館——略して東博(トーハク)——のコレクションは、日本美術史を概観できるような国内随一のもの。日本人でも、外国人でも、一度は訪れてほしい。

国立科学博物館

国立科学博物館

ここも面白い。科学館は、皇居近くやお台場にもあるが、個人的にはここがおすすめだ。特に動物の剥製が並んだ展示は圧巻。日本人の起源についての展示もある。

野口英世博士像

野口英世博士像

試験管を持っている。明治時代の細菌学者で、世界的な偉業(梅毒や黄熱病の研究)を果たした人物。千円札に描かれている。ちょっと調べてみたが、上野公園に銅像があることにはそれほど深い意味はないようだ。

野口英世は、福島の猪苗代湖湖畔の農家に生まれた。その生家に以前行ったことがある。

国立西洋美術館

国立西洋美術館

西洋の名品を集めた、松方コレクションが名高い。しかし、最近ではこの美術館の建物自体が注目されているのではないだろうか。あらためて見ると石の量塊をガラスの面で支えているように感じる。まるで浮き上がっているかのようだ。

建築は、ル・コルビジェによる。近年、世界遺産に認定された。コルビジェは黒い立方体の椅子がよく知られている。

まだまだ他にもある上野の観光スポット

  • 上野の森美術館(さまざまな企画展を開催/撮影日も入場待ちの行列)
  • 東京文化会館(オペラ、バレエ、クラシックなどが催されるホール)
  • 上野大仏(関東大震災で大破、現在はお顔のレリーフ)
  • 水月ホテル鴎外荘(森鴎外邸がホテル内にある)
  • 下町風俗博物館(明治から昭和の下町の資料を展示)
  • 横山大観記念館(近代日本画の巨匠の住居兼画室)
  • 旧岩崎邸庭園(三菱財閥の邸宅と庭園)
  • 湯島天神(広重『名所江戸百景』では、ここから不忍池が望める)

寛永寺

寛永寺へ行くには、上野駅周辺からだとかなり歩く。それだけに、如何に広大な敷地であったかがわかるだろう。そうだ、今回行った見所の多くが、かつて寛永寺の敷地であった。

彰義隊は官軍に敗北した。ということは、戦の習いでその領地は勝者の官軍のものである。寛永寺は偶然に戦場に選ばれたわけではない。この寺は徳川家の菩提寺であり、幕府の庇護も受けていた。広大な土地をみれば如何に豊かであったかわかるだろう。

上野公園は「上野恩賜(おんし)公園」である。つまり、(日本国民が)天皇より賜った公園である。ということは、上野戦争後、寛永寺の土地は新政府より天皇に献上され、それがあらためて国民へ開放されたという経緯であろう。なおついでながら、皇居はもともと江戸城であった。

以上の理由から、今の上野公園があるのは戦さをした「西郷どん」のおかげである。これが、上野恩賜公園の一角に像が立っている理由であろう。当時、西郷隆盛の国民的な人気は絶大であった。戦さの歴史は勝者の論理である。徳川幕府によって発展した江戸の歴史的観点からみれば、心情としては複雑かもしれない。

注)根本中堂は川越の喜多院から移築。鐘は「今鳴るは芝か上野か浅草か」と歌われた。

上野の魅力とは

上野の魅力とは

なぜ、上野は魅力的なのか? まず、文化的施設が集まっている。美術館や博物館などだ。それに、神社や寺。行楽としても、ボートにも乗れる不忍池、子供も喜ぶ動物園などがある。アメ横で買い物をしたり、庶民的な店でお酒や食事も楽しめる。上野は、東京でも「濃い」体験ができる街だ。

ただ最近、美術館でいえば六本木、行楽やショッピングならお台場など、新しい街も台頭している。それでも、上野が今もって魅力的なのには、理由がある。

それは、上野には復興の歴史が息づいているということだ。彰義隊と西郷隆盛の上野戦争。そこからの文化的な街づくり。東京国立博物園の日本美術のコレクションでは、日本の美術史にも触れることができる。

「北の玄関口」は上野である。戦後の高度経済成長をささえた「金の卵」もここにまず降り立った。その当時の雰囲気が、アメ横に残っているのだろう。

実は、東京で歴史を感じられる場所は、そうはない。人口過密の江戸は火事が多かった。そして、関東大震災、戦時の大空襲。歴史的な建造物がほとんど残っていないのは、そういう理由だ。寺でいえば、鎌倉や京都に比べてみれば一目瞭然だろう。東京の寺はコンクリートでできている。浅草寺も木造ではない。

それでも発展しつづけた都市が東京だ。世界に名だたる東京だ。その東京の生命力を肌で感じられるのが、上野である。

P.S.

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