異文化が共存する御茶ノ水

私が社会人になって初めて勤めたオフィスは、御茶ノ水にあった。学生の頃にも、馴染みがあった。学生や社会人も多い街なので、食事するには困らない。

文化の面から言っても、東京の中でも興味深い街だ。ニコライ堂、湯島聖堂、神田明神がほど近い距離で並んでいる。ヨーロッパと中国と日本が並んでいる。

隣の秋葉原や神田神保町にも歩いていかれる。電気街と古書街だ。楽器店やスポーツ用品店などもある。

御茶ノ水は、異文化が共存するカオスな街なのである。

ニコライ堂

ニコライ堂

ビルに囲まれて、若干窮屈そうである。たっぷりとした量感と、緑青の落ち着いた差し色が、なんとも魅力的だ。ロシア人建築家の原設計で、ジョサイア・コンドルが実施設計をしたとされる。

ニコライ堂は、通称。日本に正教会の教えを伝えたロシア人修道士聖ニコライにちなむ。正しくは、東京復活大聖堂。「復活」とは、イエス・キリストの復活を表している。

ギリシャ正教の一派である日本ハリストス正教会の日本で最大の聖堂。ビザインティン様式の建築。ドームと尖塔が特徴的。

ベニスのサン・マルコ大聖堂が、ビザンティン様式。また、函館のあの教会も、日本ハリストス正教会。教会の雰囲気もどことなく似ている。

ジョサイア・コンドル

東京の西洋建築は、彼抜きでは語れないだろう。旧岩崎邸、旧古河邸などを手がけた。お雇い外国人として来日したイギリス人建築家。工部大学校の教授として、辰野金吾(東京駅、日本銀行の設計)や片山東熊(迎賓館)を育成した。

湯島聖堂

湯島聖堂

1690年、五代将軍徳川綱吉が、儒学の振興を図るために創健した聖堂。のちに幕府直轄の学校となる。昌平坂学問所(通称:昌平校・しょうへいこう)である。

結構ごつい印象がある。真っ黒な硬質の量感が物々しい。それもそのはず、木造ではない。元々の建物は、関東大震災で焼失。20世紀になって、鉄筋コンクリートで再建されている。

なお、日本最古の学校、栃木の足利学校は牧歌的な雰囲気。平安か、鎌倉時代に創健されたよう。こちらも儒学を中心に教える。

神田神社

神田神社

江戸総鎮守(えどそうちんじゅ)神田明神。江戸の守り神。東京でも、有名な神社。明治時代には「東京十社」の一つになっている。例大祭である神田祭は、日本三大祭り、江戸三大祭りに数えられる。

EDOCCOと呼ばれるホールやショップが入った新しい施設もオープンした。神田神社は、秋葉原にも近い。アニメキャラのお守りなどもあるそう。

東京十社

明治時代に一時期(2年弱)定められた准勅祭社(じゅんちょくさいしゃ)。東京の鎮護と万民の安泰を祈る神社である。1975年、昭和天皇即位50年を奉祝して「東京十社巡り」が企画された。

秋葉原 UDXイルミネーション 冬葉原の光

秋葉原 UDXイルミネーション 冬葉原の光

秋葉原UDXビル前のイルミネーション。クリスマス時期にはツリーもあったようだ。1月のこの時期でも、イルミネーションが見られるのは嬉しい。

私は、秋葉原に行った際には、ここのレストランに行く。駅近くで、落ち着いて食べられるので、便利だ。この日もここで食事した。

「うまく撮れますか?」

異文化のカオス 御茶ノ水

聖橋から、線路に向かって撮影していた。そうすると、後ろから「うまく撮れますか?」と声をかけられた。振り返ると、自転車を押している、にこやかなお巡りさん。お話を聞くと、1日に1回ほど、全ての路線の電車が、同時に見れるのだという。「へえ」と感嘆し、カメラを構えてみたものの、どうやらその瞬間は訪れなかったようだ。

それでも、この風景には、ずっと見ていたくなるような魅力がある。

聖橋

ニコライ堂と湯島聖堂の2つの聖堂を結ぶことから、聖橋(ひじりばし)と命名。横から見ると、アーチを描く独特のデザイン。どっしりと頑丈な感じがする。御茶ノ水からは、書店街の神田神保町も近い。

P.S.

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